急性下壁梗塞の心電図を見た時に考えること

まずは, こちらの心電図をご覧ください。

パッと見で気づく所見は

  • 心拍数50bpm程度
  • P波がなくf波がみられ心房細動
  • Ⅱ/Ⅲ/aVF誘導でSTが上昇
  • Ⅰ/aVL/V6誘導でSTが低下

ST上昇型の心筋梗塞で、即座に循環器内科を呼びますね。

終了




・・・でも良いのですが、せっかくなのでもう少し掘り下げてみましょう。

こちらの心電図は心房細動、急性下壁梗塞の他に気になる所見が2つあります。

ちなみにST上昇の程度がⅢ誘導>Ⅱ誘導も右冠動脈の梗塞の可能性が高い所見であり、これに関連しています。

心電図は一発勝負と思っているかもしれませんが、疾患の特性を考えて判断することで見落としが減ります。

今回はこちらの心電図から私なりの考察を述べたいと思います。

右室梗塞は合併しているか?

下壁梗塞の多くは右冠動脈が原因であり、右冠動脈からは右室枝があります。

そのため下壁梗塞には右室梗塞を合併しやすいです。

右室梗塞を合併すると右心機能低下から体血圧の低下を招きます。

何となく左室を灌流する左前下行枝の梗塞の方が体血圧は下がりそうですよね?でも右室梗塞の方が下がります。

その理由としては、右室梗塞では右室から左室への血液流入が滞り、左室の前負荷が極端に減ります。

実質的に‟左室の全部の動きが悪い状態”です。この場合の治療としては

  • 右室の前負荷を上げるために急速輸液
  • 輸液の反応が乏しければノルアドレナリンで前負荷を上げる
  • ドブタミンで右心機能を上げる(出来れば再灌流後が良い)

ことが有効です。

逆に右室梗塞ではニトログリセリンなどの硝酸薬は使用禁忌です。

硝酸剤は主に静脈系を拡張させて静脈から右室への血流を低下させるので、前負荷が減ります。

治療とは逆のことになってしまいます。

さて、表題の心電図はどうでしょうか。

急性下壁梗塞に心房細動、完全房室ブロック、右室梗塞を合併した心電図
もう一度心電図を貼ります

下壁誘導に加えてV1誘導でST上昇がみられることから、右室梗塞を合併した下壁梗塞と診断できます。

V1誘導は胸骨右縁に貼ることから右室や中隔を見ている誘導です。

Ⅰ/aVL誘導のST低下も右室・下壁側の梗塞の対側変化を反映していると考えられます。

本来、下壁梗塞を見た場合には右室梗塞の合併の有無を確認するために右側胸部誘導(V4R)を記録することが推奨されますが、この心電図はV1誘導のST上昇で右室梗塞合併が明らかなので特に記録する必要はないと思います。

房室ブロックの有無

ところで、この心電図の所見はこれだけでしょうか。

私はどうしても気になってしまう部分がありました。

心房細動と考えたはずなのにRR間隔が整です。

脈もすこし遅めですよね。

この方は完全房室ブロックを合併し, 接合部調律の補充調律になっていると考えられます。

房室結節枝の90%は右冠動脈から栄養されるので、右冠動脈の心筋梗塞では房室ブロックを良く合併します。

しかし、この説明は少々不十分です。

実は心臓の中でも右室や左室下壁には迷走神経の受容体が多く存在しており、右冠動脈の心筋梗塞を起こすとこの受容体が刺激されることで血管迷走神経反射が起こりやすいのです。Bezold-Jarisch反射(ベツォルトーヤーリッシュ反射)と呼ばれます。

血管迷走神経反射でも徐脈だけでなく、房室ブロックを起こします。

もちろん血圧も下がるので右室梗塞とあわせてかなり低い血圧になることもあります。

どちらの機序で発生しているかは臨床的には判断は困難ですが、刺激伝導系は虚血に強いので迷走神経反射が原因のことが大きいと思います。

例えばもしも虚血によって伝導障害が起きるとすれば、左前下行枝の梗塞では中隔基部の壊死によって房室ブロックを起こしそうです。

しかし右冠動脈の房室ブロックと比べると圧倒的に頻度が低いです。

また右冠動脈の梗塞での房室ブロックは自然軽快することが多いですが、左冠動脈の梗塞での房室ブロックは治る可能性が低く恒久ペースメーカーが必要な頻度が多いです。

この差からも、刺激伝導系は虚血に強くて障害されにくいこと、右冠動脈では可逆的な要因である迷走神経反射の頻度が多いであろうと考えられます。

ちなみに迷走神経反射ではアトロピンが有効ではないかと思った方、その通りです。

しかしカテーテル治療(再灌流療法)を行う前にアトロピンは避けた方が良いかもしれません。

頻拍になることで酸素需要が増大して梗塞が悪化してしまう可能性や催不整脈性が懸念されます。

治療が順調に進んで詰まっている血管に血流が流れるようになった時、すなわち再灌流した瞬間にも高度徐脈や完全房室ブロックになりやすいので、最初に一時ペースメーカーを入れた方が安全です。

その後の経過

完全房室ブロックがあるため一時ペースメーカーを挿入の上で冠動脈造影(CAG)を行い、右冠動脈#1、#4AVに高度狭窄を認めました。

カテーテル治療を行い、その後の心電図がこちらです。

洞調律に戻っただけでなく完全房室ブロックも改善していますね。

右冠動脈の心筋梗塞に合併する完全房室ブロックは、このように多くは治療後には自然に軽快するのです。

まとめ

急性下壁梗塞を見た場合には右室梗塞房室ブロックを考えてください。

表題の心電図でいきなりV1誘導のST上昇や完全房室ブロックには気づきにくいと思いますが、下壁梗塞に合併する可能性を考えることで見落としが減ると思います。

今回は以上で終わります。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

急性心筋梗塞の治療についてはこちらも参照ください。

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