悩ましいやつです。
以前に急性心不全の心房細動について、ワソランは禁忌という話をしました。
ワソランは絶対ダメです。
「じゃあ、何を使えば良いのか」と思われる人も多いでしょう。
結論から言うと、答えがないのです。
豊富なエビデンスで明確に指針が決まっている…なんてことは、全然ありません。
ええ!?じゃあ、どうやって治療するの?
今回はこういった悩ましい症例についての私見を述べたいと思います。
日本のガイドラインの記載
ガイドラインには、このようなフローチャートがあります。
ほうほう、EFが悪い人の急性期にはランジロール(オノアクト®)を使って、ダメならジゴキシンね。
オノアクトは、短時間作用型のβ1遮断薬で心拍数コントロールに使用する静注薬です。
半減期が4分と短いので、仮に徐脈や低血圧など悪い事象が起こっても、すぐに切って回復を期待できるのが特徴です。
しかし、このランジロールの根拠となった研究(Circ J 2013; 77: 908–916)は、
- LVEFは25-50%が対象
- ジゴキシンと比較して心拍数が落ちることがメインのアウトカム
なのです。
つまりLVEF:20%くらいの高度の心機能の低下症例は除外されているということと、そもそもオノアクトを使って予後が改善するかどうかは不明瞭なのです。
さらに投与から2時間後の自覚症状の改善の程度は、オノアクトもジギタリスと同等です。
あくまでジゴキシンよりも心拍数が下がるというだけです。
下がると言っても、約半数が心拍数110bpm以下を達成できただけであり、残りの半分は頻拍のままです。
ちなみに有害事象(主に低血圧)はオノアクトの方がジゴキシンよりも多く、低血圧症例は最初から除外されています。
そもそも心拍数110bpm以下の根拠は?
よく聞きますよね。
RACE Ⅱ試験が有名だと思います。
永続性心房細動の患者の心拍数を
- 厳格なコントロール(<80bpm)
- まあまあなコントロール(<110bpm)
のどちらが良いか、ということを比較した試験です。
結論から言うと、予後は変わらなかったということです。症状の改善も同等でした。
厳格なコントロール群では来院回数や薬の量が増えるので、トータルで見ると緩やかなレートコントロールで十分だろうという話です。
しかしこの研究は非代償性心不全は除外しており、安静時の心拍数をみています。
普通に外来に歩いてくる心房細動の患者さんを対象にしており、急性心不全で呼吸困難感が強かったり、浮腫が強い人は除外されているのです。
そして苦しいとか、何らか負荷のかかった状態の心拍数を見ているわけではないのです。
じゃあ、急性心不全での適切な心拍数は…?
残念ながら分かりません。
心拍出量は1回拍出量×心拍数なので、心臓が悪くて1回拍出量が落ちた人では、心拍数で稼ぐしかありません。
洞調律の患者さんでメカニカルサポートを行っても、急性期の心拍数110-130bpmで経過される人もいます。
左室の血液流入の30%は心房の収縮によるもので、心房細動ではこのAtrial kickが減る分だけ1回拍出量が減り、もっと心拍数が早くなるのもやむを得ないかもしれません。
急性心不全でもプロはβ遮断薬を入れるって聞いたことあるけど?
慢性心不全に対してビソプロロールやカルベジロールといったβ遮断薬は予後改善効果がありますが、急性心不全にβ遮断薬は禁忌です。
禁忌でも使用するケースがあることを否定はしません。
実際に私も急性心不全+頻脈性のAfでビソノテープ4mg(ビソプロロール2.5mgに相当)を使ったことがありますが、これは
- 心房細動の発症時期が明らかだった
- 頻拍なのでEFは悪く見えるが、心腔拡大がなく、慢性的な不全心ではなさそうだった
- うっ血は軽度でカヌラ2Lで十分で、仮にβ遮断薬で心不全が悪化しても次の手を打つ余裕があった
こういった理由から使用しました。
つまり、ほぼ単なるPafで、ちょろっと心不全くらいだったということです。
心臓がとっても悪そうな急性心不全へβ遮断薬の内服を入れたことはないですし、そういうケースを見かけると大抵は更に崩れている気がします。
もちろん非常に悪い状態なので、どんな治療しても悪化の可能性はありますが、禁忌の薬を入れるからには相応の根拠が必要だと思います。
海外ガイドラインだと、どうなの?
ヨーロッパ心臓病学会(ESC)では、心不全+心房細動へのレートコントロールはβ遮断薬がクラスⅡa、つまり前向きに考慮するということです。
ただしβ遮断薬が禁忌の場合、つまり今回挙げたような急性心不全の選択肢として、ジゴキシンがクラスⅡaです。
NYHA Ⅳもしくは血行動態不安定の場合には、心拍数を落とす目的でアミオダロン静注の選択肢がありますが、残念ながら日本では心房細動に対する使用は保険適応外です。
アミオダロン内服は日本でも心房細動に使用可能ですが、血中濃度が上がるまでに時間が掛かり、即効性はありません。
ちなみにESCガイドラインではオノアクトは出てきません。
オノアクトは心臓術後の管理にはエビデンスが豊富(だと思います)が、急性心不全+心房細動の内科領域については先に述べた日本人での比較試験くらいしかないからと思われます。
ガイドラインの記載はちょっと混乱しやすいところもあって、心房細動が慢性的に存在して比較的落ち着いてる場合と急性心不全と思われる状況が混ざり合っています。
困ったことに薬の使い方については分かりにくいです。
そして結局のところ、表題のような血行動態が不安定なものはDCやれ、となっています。
じゃあDCするか
実際にESCガイドラインでは、血行動態不安定であれば電気的除細動(DC)はクラスⅠで推奨です。
日本のガイドラインでも同様です。
ただし血栓リスクの評価が必要です。
特に48時間以上心房細動が持続している場合には、3週間以上抗凝固薬を飲むか経食道心エコーで左心耳内に血栓がないことを確認する必要があります。
初発の症例では抗凝固薬を飲んでいないはずで、もちろん3週間も待てません。
経食道心エコーのハードルは高いですが、血栓さえ無ければ薬物より安全そうで、薬のように後に遺恨を残すことも少ないです。
でも挿管していないと、呼吸困難感で切羽詰まった人に経食道心エコーはキツいですね。
刻一刻と悪くなっていくのであれば、説明と同意の上で不十分な抗凝固期間でも経食道心エコーを省略して施行することもありますが、怖い処置にはなります。
そしてDCしたら全て解決ではありません。
左房拡大が有る場合、心房細動の歴が長い可能性が考えられ、洞調律維持は困難かもしれません。
DCを行った直後は洞調律になっても、すぐに再発して心房細動になってしまうということです。
状態が悪いだけでも心房細動になりやすいですから、頑張ってDCして、すぐに再発だと辛いです…
何日間か良くても、やっぱりダメなパターンも経験します。
アミオダロンはDC後の洞調律維持にも有効ですが、ここでも日本の保険適応の問題が出てきますね。
とはいえ、アミオダロンを入れたら再発しないというわけでもありませんが。
あと稀に経験するのは、特に高齢者で、背景に洞不全症候群が隠れている場合です。
心房細動を止めた瞬間、そのまま自己脈が出なくて焦るやつです。
慌てて体外式ペースメーカー挿入ですね。
そしてDCについては、そもそもの問題として血栓があったら出来ないので、その場合は手詰まりです。
実際の対応
先に述べたとおり、急性心不全の状態での適切な心拍数は不明です。
さらに急性心不全自体、状態に合わせて選択肢が豊富にあり、主治医の器量が試されると考えています。
例えば頻脈性の心房細動がある場合、心拍数を落とすだけが治療の全てでしょうか?
ここにオノアクトやアミオダロンのエビデンスがイマイチ積み上がらない理由があるのではないかと考えます。
重症心不全に対するIABPが、パッとしたエビデンスが出ないのも同じだと思いますが、1つの治療だけで左右されるものでは無いということです。
呼吸困難があれば当然苦しくて心拍数は上がるので、酸素やNPPVでサポートが必要です。
カテコラミンでも解決しない低拍出が問題であれば、頃合いを見てメカニカルサポートも検討します。
うっ血に対する利尿剤、後負荷を減らすためのACE阻害薬などの薬物治療はもちろん、弁膜症や虚血など器質的疾患への対応も今やるか、もう少し様子を見るか…
もちろん、適切な栄養投与、睡眠、疼痛管理など基本的な全身管理は外せません。
これらを組み合わせて、タイミングを考えて治療を考えます。
抗不整脈薬やDCは、あくまで1つの選択肢です。
ガイドラインを見ても結論が出ず何かモヤモヤしてしまうのは『シンプルな答えはない』からだと思います。
やっぱり心不全は難しいですね。
というわけで、今回の話はこれで終わります。
私見も多いに含んでいるので、コメントや間違いなどあれば、こちらでもTwitterにでもお願いします。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
◆参考文献
2020 年改訂版不整脈薬物治療ガイドライン
Ryozo Nagai et al. Urgent management of rapid heart rate in patients with atrial fibrillation/flutter and left ventricular dysfunction: comparison of the ultra-short-acting β1-selective blocker landiolol with digoxin (J-Land Study). Circ J. 2013.
Isabelle C Van Gelder et al. Lenient versus strict rate control in patients with atrial fibrillation. N Engl J Med. 2010.
Theresa A McDonagh et al. 2021 ESC Guidelines for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure. Eur Heart J. 2021.
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