抗血栓薬の使い方や非専門医が気づきにくい注意点を解説

こんにちは、すずねこです。

今日は抗血栓薬について話します。

いわゆる“血液サラサラ”です。

抗血栓薬とは『血液を固まりにくくすることで、血液が固まって起きる病気や血管が詰まる病気を予防する薬』です。

例えば脳梗塞や心筋梗塞の治療に使います(梗塞とは血管が詰まって、そこの組織が死んでしまう病気のことです)。

一方で血液が固まりにくくなることで、出血の副作用が問題となります。

ここでいう出血とは『採血したときに血が止まりにくい』『鼻血が出やすくなる』という小さな問題ではなく、

『後遺症を残すような脳出血』
『輸血が必要なほどの胃潰瘍の出血』

を考えて下さい。

重大な病気の治療で使用する薬ですが、重大な副作用もあります。

もちろん、リスクよりもメリットの方が大きいと考えるから使うわけですが、今回は、この抗血栓薬の種類や使い方について簡潔にまとめつつ、薬を使う上で重要でありながら、循環器内科を長く続けていないと気付かないことについて話したいと思います。

抗血栓薬の種類

抗血栓薬、抗血小板薬、抗凝固薬と似たような単語があってややこしいため、まずは分類と薬剤についてまとめます。

これ以外の薬剤はあまり使用しないものなので、まずはこの一覧に登場するものが大事です。

抗血栓薬の使い分けは?

主に心臓の話となります。

脳血管やその他の病気については、ここでは割愛します。

例外はありますが、基本はこのような使い方です。

この表で大体の場面はカバーできると思います。

実際に使用するには、病状や腎機能など総合的に判断して用量を設定する必要がありますが、非常に複雑となるので、まずは基本的な使い方として上記をおさえてもらえると良いと思います。

抗血栓薬を考える上で重要な前提知識

抗血栓薬の細かな使い方を学ぶことも大事なのですが、実は大事な前提知識があります。

『日本人は出血しやすく詰まりにくい』

日本人(東アジア人)は、欧米と比較して、脳出血になりやすく、血管が詰まる病気になりにくいということです。

実は日本循環器学会のガイドラインでも、冒頭でこのように述べられています。

本邦では出血リスクが高く虚血イベントリスクが低いため,虚血と出血のリスクバランスが諸外国とは異なると言われている.実際,欧米諸国より低用量の抗血栓療法が推奨されており,また高齢者のプロトロンビン時間国際標準比(PT-INR)も低めの目標値が推奨されている.このため,欧米から報告されたエビデンスを本邦へ適用する場合には熟慮が必要であり,本邦における実臨床での検証が常に求められてきた.

2020 年 JCS ガイドライン フォーカスアップデート版
冠動脈疾患患者における抗血栓療法より

具体的な例を出しましょう。

こちらのデータはWHOの出した、各国での心筋梗塞の発症率の比較です。

日本人は圧倒的に少ないですよね?

2008年のデータでも、日本人はアメリカ人と比較して20分の1程度の心筋梗塞の発症しかありません。(日本27:米国508/10万人年, 急性冠症候群ガイドライン2018 年改訂版より)

一方で、脳卒中診療ガイドライン2009によると、脳卒中の有病率はアメリカ人と日本人では同等なものの、内訳を見ると脳出血の割合はアメリカ人の2倍ほどあると言われています。日本人では脳出血が多いのです。

また抗凝固薬のワーファリンは、採血の項目であるPT-INRが2~3が至適治療域“sweet spot”と言われるのですが、日本人では2.6を超えたくらいで脳出血の発症率が急上昇するため、日本人の高齢者ではPT-INRが1.6~2.6を目指すようにコントロールします。

実は海外のデータをそのまま日本人に適応できない例として、抗血栓薬は筆頭です。

現代の医療は科学的に検証された事実を元に行うEBM(Evidence Based Medicine)が主流ですが、

“個別の論文には書いてないけど、その分野に関わる人なら知っている常識”

を把握していないと的外れなことを言ってしまう恐れがあります。

抗血栓薬については『日本人は出血しやすく詰まりにくい』ということです。

このような人種的な背景があるので、使用する容量は海外よりも少なく設定されているものも多いですし、海外の有効性や副作用のデータをそのまま使うことは出来ないのです。

使うときには出血の副作用から考える

薬を使うときに、治療目的とする病気のことを考えるのは勿論そうなのですが、抗血栓薬は副作用のリスクから考えることが重要です。

副作用から考えることになった経緯は、抗血栓薬の使用の歴史にも関わります。

少しだけ長くなりますが、循環器の病気を考える上で理解の助けになると思うのでお付き合いください。

1990年ごろ、カテーテルによるステント治療が出現してから、心筋梗塞や狭心症の治療が大きく変わった一方で、一定の割合でステントが詰まるという問題がありました。

これに対して、1998年に出た研究では、抗血小板薬を1剤ではなく2剤内服させることでステントが詰まる確率を劇的に下げることが出来ると分かったのです。

さらに心房細動には抗血小板薬ではなく抗凝固薬が良いことも分かり、一部の人は抗血小板薬2剤と抗凝固薬1剤の合わせて3剤の薬を飲むことにもなったのです。

当然、沢山飲むと出血の副作用も沢山出ます。

脳出血など致命的な病気を発症することもあれば、出血しているときに抗血栓薬を中止して血管が詰まる病気が出てしまうなどの問題が、実はかなり多いことが発覚してきました。

2010年ごろには、抗血栓薬の内服中に出血の副作用が出ると死亡率が上がってしまうことが分かってきて、抗血栓薬を使う上では『いかに出血させずに使うか』が重視されています。

そして、ここ数年は当初の厳密な定義通りに複数の種類を飲み続けるよりも、適度に減らした方が予後が良いことも次々と判明してきています。

新しく判明したというよりも、ステントの改良、薬の改良、治療方法の進歩など色んな要因が合わさった影響もあるかもしれません。

いずれにせよ、抗血栓薬を使う上では、まず『出血による重大な病気になりやすいかどうか』を評価した上で、

・どの薬を使うか
・何種類を使うか
・容量はどうするか
・複数使う期間はどれくらいにするか

といったことを考えるのです。

ここでいう『出血しやすい』とは、例えば高齢者や、過去に脳出血を起こしたことがある人、透析の人などがあります。

実際に過去のガイドラインでは使用目的から解説されていましたが、2020年にアップデートされたガイドラインでは、使用目的よりも出血リスクの項目が先に記載されており、重視すべきことであると分かります。

出血の副作用を考えた上での使い方

治療直後は複数の抗血栓薬を飲むことはありますが、最終的には1剤に絞ることが多いです。

複数の抗血栓薬を飲む期間は、なるべく短くするように考えます。

若くて基礎疾患の無い人であれば、2剤を続けることもありますが、高齢者であれば、基本的には1剤に減らします。

どの1剤を残すのかは病気の組み合わせや病状にもよりますが、最後に具体例を一つ挙げましょう。

狭心症のステント治療後で心房細動を合併している場合には、

・ステント治療→抗血小板薬を2剤(DAPT)

・心房細動→抗凝固薬

と3剤の抗血栓薬を飲むことになります。例えばバイアスピリン、クロピドグレル、イグザレルトを飲んでもらいましょう。

しかし、この3剤の期間は2週間くらいに留めて、バイアスピリンを早々に中止します。

術後1年ほど経過が問題なければ、クロピドグレルを中止し、最終的には抗凝固薬のイグザレルトのみにします。

これは2019年に論文化された日本人を対象とした重要な臨床研究(AFIRE)が根拠となっています。

狭心症なのに最終的には抗血小板薬を使わないのです。

治療は単純な足し算ではない、奥深いですね。

まとめ

抗血栓薬の基本について話しました。

使用目的だけでなく、出血リスクを考えること、日本人は特に出血の副作用について気を遣う必要があることが重要です。

抗血栓薬は漫然と追加したり、複数の処方を続けるのではなく、必要性をしっかりと考えて最低限に絞りたいものですね。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

  • 参考文献

冠動脈疾患患者における抗血栓療法(2020年JCSガイドライン フォーカスアップデート版)

M B Leon et al. A clinical trial comparing three antithrombotic-drug regimens after coronary-artery stenting. Stent Anticoagulation Restenosis Study Investigators. N Engl J Med. 1998.

有名なSTARS試験。DAPTが生まれた研究です。

Jeehoon Kang et al. Racial Differences in Ischaemia/Bleeding Risk Trade-Off during Anti-Platelet Therapy: Individual Patient Level Landmark Meta-Analysis from Seven RCTs. Thromb Haemost. 2019 Jan.

東アジア人は『出血しやすく詰まりにくい』の根拠です。
この文献では『Collectively, our results with previous findings suggest that East Asians have a unique trade-off between ischaemia and bleeding.』と、日本人を含む東アジア人の抗血栓薬の使い方は慎重に考える必要性を述べています。

Takeshi Yamashita et al. Warfarin anticoagulation intensity in Japanese nonvalvular atrial fibrillation patients: a J-RHYTHM Registry analysis. J Cardiol. 2015 Mar.

日本人のワーファリン投与でINR ≧ 2.5が危ないのでは、という話。
出血が増えていくグラフが印象的です。

Dennis T Ko et al. Incidence, predictors, and prognostic implications of hospitalization for late bleeding after percutaneous coronary intervention for patients older than 65 years.  Circ Cardiovasc Interv. 2010 Apr.

Yasuda S et al. Antithrombotic Therapy for Atrial Fibrillation with Stable Coronary Disease. N Engl J Med. 2019 Sep.

有名なAFIRE試験。安定冠動脈疾患+心房細動患者の慢性期の管理は、抗凝固薬を1剤のみで良いという重大な結果を示した研究です。

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