若手医師が研究活動する上での課題

日常診療を行っていると、たまに珍しい症例に遭遇します。

珍しい症例だと上司に学会発表を勧められ、何となく地方会に出します。

そこで終わっても良いですが、意欲があると次に考えるのは『これ、ケースレポートの論文を書けるんじゃない?』ということです。

でも実際には若手医師に論文や研究活動は難しいということを、本日は書きたいと思います。

まず、私自身の経験を一つ話します。

初発心不全(左室肥大とLVEFの低下を伴う)の背景にCushing症候群が隠れていたケースがありました。

片側の副腎由来だったので、適切な心不全の薬物治療に加えて副腎摘出を行うと、左室収縮が改善しただけでなく壁肥厚も改善した驚くべきケースでした。

Cushing症候群での左室のリモデリングについて調べると、20例程度の症例をまとめた論文が数本出ており、それらをまとめた論文が2022年に出てきます。

つまり、まだまだ数が少ないのです。

今回のケースでは、心臓の疾患の鑑別から始まったため、造影MRIや心筋生検などの循環器側の検査は揃っており、内分泌の先生が心エコーで拾いあげただけよりも心臓については十分な検査があります。

その点でも価値は高いでしょう。

しかしこの症例は学会に出しておらず、論文にもしていません。

これには若手医師特有の問題がありました。

1つは、当時若手だった自分は価値に気付けませんでした。

Pubmedで少しの論文検索はしました。

しかし発表して価値があるかどうか分かりませんでしたし、なかなか若手の独学では難しいかもしれません。

アカデミックな活動を若手医師が出来るかどうかは上司の指導があるかどうかが大きいです。

が、大抵は得られません。

残念ながら市中病院には、研究や論文を指導できるだけの医師がいないことが多く、仮に居たとしてもその人自身の研究と臨床で忙しすぎて指導の時間が無いのです。

私の場合は最近になってふと思い返し、論文を追加で調べることで、実は価値があったんじゃないかと後から思うようになったのです。

もう一つは異動です。

私もそうですが、医局に所属していると定期的に異動があります。

この症例も過去に勤めていた病院での症例なので、この患者さんに会うことはもうありませんし、カルテを見ることも出来ません。

後から価値に気付いても、論文を書けません。

さて今の内科医は新専門医制度の影響もあって、若手時代にはかなり短いスパンで異動を繰り返すこともあります。

異動の頻度は医局の都合もあるでしょう。

ケースレポートなら一年という短い期間でも、たまたま遭遇すれば何とか書けるかもしれません。

しかし臨床研究になると異動を繰り返す人には厳しくなります。

異動が来たら収集したデータは破棄して、新しい赴任先でまたテーマを考えてゼロから集めなければなりません。

不毛です。

例えば循環器学会の総会に出すくらいのデータとなると、少なくとも100~200例くらいのサンプルサイズは必要で、一般的な既往歴や採血データ、イベントを集めるだけでなく、研究のメインとなる心電図や心エコーの計測、冠動脈造影所見の確認など、非常に手間がかかります。

常に有効な結果が出るとは限らないので、収集と解析の繰り返しです。

こうして一旦集めたデータベースは、翌年以降は少し付け足すだけで次の研究に繋げることが出来ますが、残念ながら、そこで異動の話が来ます。

新しい赴任先では0からスタートです。

絶望…

市中病院に完璧なデータベースがあることの方が少ないので、基本的には自力で集める必要があります。

倫理審査もハードルですね。

さらに、ほとんどは研究のテーマから統計解析まで独学です。指導して貰えることはないので。

特にテーマ決めが難しくて、短い赴任期間で結果を出そうとすると、その病院で既に行われた治療から生み出すしかありません。

よく論文の書き方の講演会などで聞くような「日常臨床の疑問を研究してみよう」などということは不可能です。

前向きに集める期間はありませんので、赴任先の過去5年間くらいの治療実績から捻り出すしかありません。

まず異動直後は日常臨床の業務に慣れることが大変なのに、その上で病院固有の長所を見抜き、集められそうな結果が出そうな研究テーマを決める必要があります。

王道の研究は、データベースがしっかりした施設の膨大なサンプルサイズやフォローアップ期間に必ず負けてしまうので、ニッチな領域を突く必要があり、その点でも難易度が上がります。

ガイドラインの内容や既に他施設で行われている研究を把握して、“それとは違う”内容を考えないといけないですからね。

良く言えば標準治療をしっかり学ぶ、自施設と他施設の違いを認識するということで勉強にはなりますが、あんまり重箱の隅をつつくような内容だと、結果は出てもインパクトは少ないです。

実際に学会発表を聞いていると、何とかして捻り出したんだろうなあ、と苦労を窺える発表は多いと思います。

さらに、そこから論文を書くことはケースレポート以上に独学では困難ですし、書いている間に異動です。

レビューアーとのやり取りの頃には、新しい赴任先に慣れることで頭がいっぱいになり、余裕が出てくる数か月後には論文のことは忘れてしまうでしょう。

このように市中病院での研究・論文活動はハードルが高いのです。

J-osler世代は短期間で異動が増えるので、研究や論文に興味がある人でも、システムによって打ち砕かれそうですね。

そもそも無限にあるレポートに追われて専攻医も指導医も時間が無いという意見もありますし、それを乗り越えた上で少し頑張って学会や論文に興味を持ったときに更なる壁があります。

個人の努力では解決しないシステムの影響、環境が恵まれているかどうかの運の要素があります。

意欲がある人をサポートできる仕組みがあると良いのですが…

というわけで、若手医師が研究活動を行う上でのハードルについてでした。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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