肺塞栓と血栓素因の話

急性肺塞栓に対する抗凝固療法は少し調べると沢山の解説が出てきます。

しかし肺塞栓の治療で大事なことは他にも大きく2つあります。

  • 血栓が出来やすい背景があるか
  • 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)に移行していないか

抗凝固薬を処方して、数か月後に造影CTを確認してお終い。

そういった診療から少しステップアップする…かもしれない、血栓ができやすい背景の解説をします。

肺塞栓(PTE)と深部静脈血栓症(DVT)は、まとめて静脈血栓症(VTE; venous thromboembolism)と呼ばれ、どちらにも共通する話と考えてください。

がん(悪性腫瘍)があるか

がん(悪性腫瘍)は、その発見により生命予後に影響します。

がんは血栓リスクでもあり、実際に肺塞栓の患者は一般の人と比較してがんが見つかる可能性は6倍高いと言われています。

典型的な肺塞栓は、手術後の安静により下肢の血流が停滞して深部静脈血栓症ができて、それが肺動脈に飛ぶことで発症します。

術後の安静は血栓が出来る理由にはなりますが、こういった誘因が無い肺塞栓では、がんが見つかる可能性は高まります

肺塞栓の診断には通常は造影CTを撮影しますが、消化管腫瘍や婦人科腫瘍はCTでは判別困難なことがあります。

可能な範囲で内視鏡検査婦人科受診でスクリーニングしたいものです。

採血は何度も採取しますし、少なくとも1回は血液疾患の鑑別のため血液像を確認するのもよいでしょう。

しかし、一方で肺塞栓の患者に徹底的ながん検査をすることで生命予後が変わるという報告はありません。

ここで言う徹底的とは、PETのような高額検査や更に侵襲の高い検査まで行う必要は無いということです。

あくまで、一般的なスクリーニングを行いましょう。

個人的な経験ですが、当初見つからなかった膵癌が後から発覚したケースがありました。

膵癌は見つかりにくい病気ですが、その他の病気も1回の検査で必ず見つかるとは限らないため、これを機にがん検診の受診も勧めた方が良いかもしれません。

血栓素因があるか

さて、ここで日本のガイドラインから深部静脈血栓症の診断手順のフローチャートを見てみましょう

肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に
関するガイドライン(2017年改訂版)より

癌の検索に加えて、『血栓素因』とありますね。

血栓素因でなんだ?という話になります。有名なところでは

血栓素因

抗リン脂質抗体症候群
プロテインC欠乏症 (PC欠乏症)
プロテインS欠乏症 (PS欠乏症)
アンチトロンビン欠乏症

などの病気のことを言います。

先天的・後天的、どちらもあり得ます。

プロテインC/S欠乏症、アンチトロンビン欠乏症は、いずれも常染色体優性遺伝であり、日本人では0.1~1%程度に存在し、比較的多い血栓素因です。

ガイドラインにもこのように記載されています。

PTEの誘因としての凝固線溶系の異常は多数知られている.日本人に一般的であるのは抗リン脂質抗体症候群,PC欠乏症,PS欠乏症,アンチトロンビン欠乏症である.これらの基礎疾患は,本症の誘因としてこれまで推測されてきた有病率より高い可能性がある.

肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン(2017年改訂版)より

アンチトロンビン欠乏症の約半数は静脈血栓症を発症するので、抗凝固薬を中止しにくい人達だとは思います。

しかし、これらの疾患を見つけても治療方針に直接影響するかは分からないため(結局DOACを使うため)、躍起になる必要は無いかもしれません。

問題となるのは抗リン脂質抗体症候群なので、こちらは少し追加します。

肺塞栓の約9%に認めるとのことですが、実感とは異なる印象です。もっと少ないような…

海外のデータなので日本人には必ずしも適合しないこと、後述する検査の難しさも影響しそうです。

調べるべき抗体は

・ループスアンチコアグラント
・抗カルジオリピン抗体IgG又はIgM
・抗カルジオリピン β2グリコプロテインI複合体抗体IgG又はIgM

の3つです。

抗体は1回陽性では不十分で、12週間以上あけて2回陽性になることで確定します。

これらの抗体のうち2つ陽性、3つ陽性の人をdouble positivetriple positiveと呼びます。

抗リン脂質抗体症候群の抗凝固療法については、triple positiveではDOACよりもワルファリンの方が優れているというエビデンスがあります。

Double positiveも高リスクなのでおそらくワルファリンが良いですが、single positiveは賛否両論なので患者さんに合わせて対応でしょうか。

しかし、この抗体検査は注意点があります。

・肺塞栓の発症直後は偽陽性・偽陰性が起こりやすい
・抗凝固療法中は偽陽性・偽陰性が起こりやすい

よく読むと、ええっ!?となりますよね。

発症直後はダメで、その後は抗凝固療法をしているからダメで…

しかも偽陽性と偽陰性の両方って…

いつ調べれば良いの?という疑問に対しては、海外の肺塞栓に関する論文のexpert opinionでは肺塞栓発症後の4-6週間後に検査とあります。

しかし抗凝固薬は休薬して検査に望む必要があり、DOACは48時間、ワルファリンは1-2週間の休薬が必要です。

血栓リスクが高い人に、そんなに休薬したくないですね。

ワルファリンについては低分子ヘパリンで置換も考慮と記載されていますが検査のための手間が多くなりますし、日本では『低分子』ヘパリンの投与は保険診療的に困難です。

また、抗リン脂質抗体症候群を調べる対象についてはどうでしょうか。

偽陽性の問題があるため全例スクリーニングは、かえって混乱しそうです。

調べるべき対象として

・50歳未満、再発性
・動脈血栓の既往
・微小血管の血栓

・流産や子癇の既往
・静脈血栓の誘因が無い
・治療前のAPTT延長

などの要因が挙げられています。

静脈血栓の誘因とは、例えば手術後の安静、飛行機での長時間安静のことを指します。

また、抗リン脂質抗体証拠群は、全身性エリテマトーデス(SLE)がある場合も勿論検査した方が良いです。

しかし、これらの項目もexpert opinionです。

タイミングは勿論、対象とする患者の選別も難しいですね。

ところで日本のガイドラインはどうでしょうか。

抗リン脂質抗体症候群は静脈血栓のリスクと記載がありますが、治療については特別な記載はありません。

『triple positive』は出てこないのです(2017年と少し古いためと思われます)。

結局の所、主治医の裁量や病院のシステム的に出来る範囲で行うことになるでしょう。

現実的には肺塞栓の診断直後、抗凝固薬を入れる前に採血を取って置き、この時に陽性もしくは臨床的に怪しければ、慢性期に再検査と思っていますがどうでしょうか。

へパリンはあまり影響しないと言われており、とりあえず急性期治療は救命優先です。

血栓素因は後で考える、再発したら考える、違和感があれば考えるでも十分かもしれません。

抗リン脂質抗体症候群は、若年なのに脳梗塞など他の既往歴から疑えることもありますし、抗凝固療法の目的はあくまで血栓イベントの予防なので再発が起きていなければ躍起になって検索しなくても良いかもしれません(個人の感想です)。

次のガイドラインの改定でどうなるか、気になるところです。

まとめ

肺塞栓と血栓素因について話しました。

がんのスクリーニングに加えて、余裕があれば抗リン脂質抗体症候群、とりわけtriple positiveには注意して、なるべく拾い上げたいものです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

◆参考文献

・Frederikus A Klok et al. Optimal follow-up after acute pulmonary embolism: a position paper of the European Society of Cardiology Working Group on Pulmonary Circulation and Right Ventricular Function, in collaboration with the European Society of Cardiology Working Group on Atherosclerosis and Vascular Biology, endorsed by the European Respiratory Society. Eur Heart J. 2022.

 …肺塞栓のposition paperで、血栓素因の他、肺塞栓後症候群などについても詳しく解説されています。

・Devreese KMJ et al. Guidance from the Scientific and Standardization Committee for lupus anticoagulant/antiphospholipid antibodies of the International Society on Thrombosis and Haemostasis: update of the guidelines for lupus anticoagulant detection and interpretation. J Thromb Haemost. 2020;18:2828–2839.

 …日本の抗リン脂質抗体症候群の診断基準は、こちらのISTH学会の提唱した基準に則った方法でのループスアンチコアグラントの測定が推奨されています。

・Pengo V et al. Rivaroxaban vs warfarin in high-risk patients with antiphospholipid syndrome. Blood 2018;132:1365–1371.

 …Triple positiveの抗リン脂質抗体症候群に対してリバーロキサバン vs. ワルファリンを比較した研究。リバーロキサバンのイベントが多くて途中で試験中止になっています。

・Xiaoling Wu et al. Comparing the efficacy and safety of direct oral anticoagulants versus Vitamin K antagonists in patients with antiphospholipid syndrome: a systematic review and meta-analysis. Blood Coagul Fibrinolysis. 2022.

 …抗リン脂質抗体症候群に対してDOAC vs. ワルファリンのメタ解析。やはりhigh risk抗リン脂質抗体症候群(triple positive、動脈血栓)はDOACの方がイベントが多いです。Low riskであれば差は無さそうですが、リバーロキサバンだけはlow riskであってもダメみたいです。ただしワルファリン群はPT-INRが2-3にコントロールされていない人は除外されているので、ワルファリンを使用する上では治療域を維持することが大前提です。

・肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン(2017年改訂版)

 …日本のガイドライン。血栓素因は、静脈血栓症のリスクとして説明されているものの、血栓素因がある場合の特別の治療方針については特に書かれていません。

難病情報センターHP
https://www.nanbyou.or.jp/entry/2571

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