循環器内科は緊急が多い、夜中に呼ばれる、大変だ、そんなイメージはあっても、実際の生活について聞くことは少ないのではないでしょうか。
病院や立場によって仕事内容は変わりますが、私が三次救急病院で専攻医をしていたころの体験でも書こうと思います。
これから循環器内科を考えている人はあまり読まない方が良いかもしれませんが、働き方は既に改革されつつある『はず』ですので、昔話とでも思って下さい。
コメディカルの方がこの記事を読まれましたら、今でも若手医師の負担は大きいと思うので、どうか優しくしてあげて下さい。
当直以外に存在する待機という“業務”
当直は病院に泊まって急変対応や急患への対応をする人です。
病院の規模によって人数は異なり、全ての医師の中で1人だけとか、内科だけで1~2人とか色々あると思いますが、少なくとも全科が揃っていることはありません。
揃っていない科の問題が起きたときに院外から呼び出される人、それが待機です。
待機、オンコール、呼び方は色々とありますが、私が育った病院では『待機』でしたので以降もそう呼びます。
この待機は循環器内科の場合は1st、2nd…という風に毎日何人か決まっています。
業務内容は何なのか。
ちょっとしたトラブルであれば当直医で何とかなるかもしれませんが、例えば非専門医では対処困難な重症心不全の患者が来院されると、1stが呼び出されて診察しに行きます。
これは休日も夜中も関係ありません。
例えば、急性心筋梗塞で緊急でカテーテル治療が必要な場合は1人では出来ませんので、2ndを自宅から呼び出して対応します。
ECMO入るぞ!とかなると、更に人を呼びます。
この待機は、急変対応の可能性という点から暗黙のルールとして15~20分以内に病院に来るように求められていました。
この15分というのは、自宅から病院への車の運転にかかる時間ではありません。
電話があってから病院に到着して診察するまでの時間です。
つまり例えば夜中に呼ばれると、顔を洗って目を覚まして、着替えて、玄関を飛び出して、車までダッシュして、運転して、信号は待って、病院の駐車場に停めて、そこからダッシュして…これを全部合わせた時間です。
本当に時間はカツカツなので、救急外来にはまず私服で登場して後からスクラブに着替えることも多かったです。
もちろん、お風呂の中にも電話を持ち込んでいました。
タイミングが悪くて髪の毛を乾かせずに病院に行くこともありました。
外食は基本的にはしませんでした。注文した後に呼び出されるとややこしいことになるので。
スーパーへの買い物も怪しいですね。
場所にもよりますが、カゴにいっぱい詰めた状態で呼ばれると間に合わないので、予め食料などは買い溜めておく必要があります。
このように日常生活にかなりの制約がありますが、勤務ではないので待機している時間は無給です。
呼び出されなければ家で自由に過ごせるから、と。
ホントに?
待機だと旅行に行けないくらいの軽い制限だと思っていないですか…
空振りもある
呼び出される時は常に緊急事態とは限りません。
当直医「心電図でST上昇があります」
私「すぐ行きます!」
からの、右脚ブロックだけで心臓は問題なしということはザラにあります。
呼ばれて診察して、胆石だったり気胸だったり、胃潰瘍の消化管出血だったり何でもありです。
余談ですが、左の気胸は心電図変化することがあるんです。
私が専攻医で勤めていた病院は、時間短縮のために研修医から直接院外コールを行っても良いというルールだったので、心筋梗塞疑いで呼び出され、実際には空振りというのは沢山ありました。
待機や呼び出しの頻度
専攻医時代には待機は1stと2nd以降を合わせて月に8~10回くらいありました。
毎回呼ばれるわけではなく、平均すると1週間に1回くらいは夜中に呼び出されたり、夜中に緊急カテーテルをやっていたと思います。
軽い案件一発ということもあれば、緊急PCIを一晩で3件や、ECMOが入ってお泊まりコースなど重い日もあります。
もちろん当直も月に4回くらいはありますから、これも追加で週1回くらいのペースです。
三次救急の内科当直なので3~4時間寝れたら当たりくらいには働きます。
しかし週に2回夜勤があるという感覚とは違います。
日勤は全てこなした上で、+αで夜中や土日の業務があります。
緊急対応でほとんど眠れなくても、日勤帯の業務はいつも通りこなす必要があります。
待機や当直は夜勤とは違うので翌日休みではないんです…
待機の日や明けのメンタル
制限のある生活、いつ呼び出せるか分からない緊張感は全然休まらないように思えるかもしれません。
確かに私は待機の日の眠りは浅いです。
今でもそうですが、PHSのバイブでも余裕で起きます。
しかし牢獄での生活にも慣れてくるように、待機生活そのものは慣れてきます。
問題は呼び出された後です。
夜中の3時に家に帰った後、次の日も普通に勤務はありますから、早く休みたいし寝たいです。
しかし肌身離さず持っているPHSが今にも鳴りそうな恐怖感から、眠れなくなる時があります。
疲れている時ほど『もう限界』『今寝ないと明日もたない』『今呼ばれたら、もう無理』『鳴らないで鳴らないで鳴らないで』『もう許して』という思いが強くなり、余計に眠れなくなります。
そして実際に、そのまま鳴ってしまうことも…
変な話しですが、電話が鳴ると気持ちは少し楽になります。
眠ることが出来ない諦めがついて、今にも電話が鳴りそうな恐怖感におびえなくて良いので。
でも、その後の診療は体力的にはとてもつらいですし、翌日の通常業務は更に辛いです。
『早く帰りたい』と思いながら「次の助手は自分が入ります!」と言います。
さすがに顔面蒼白になっていると、上の先生が代わりに入ってくれるのですが、それもちょっと違うんです。
外で見ているだけならともかく、外で他の人の電話番も兼ねると他科依頼や救急への対応に呼ばれることがあります。
新たな患者を対応するよりも、やる事が決まっている助手の方が気が楽なんです。
家に帰れないのなら、助手に入らせてください。
当直と待機以外の伏兵
自分の担当患者の急変で呼び出されます。
自分の患者を心臓外科へお願いして準緊急手術となると、終わるまで院内で待ち、朝まででも病院にいます。
重症では、特にECMOが入ると何度もICUに様子を見に行く必要があるので仕方なく泊まるのですが、残念ながら正規の当直者以外に泊まれる部屋は無かったので、医局のソファを使って、どこかから毛布を拝借して寝ます。
夜中だと集中管理でエアコンもつかないので、特に冬は寒くて寒くて仕方が無かったですし、体も痛くなりました。
さすがにECMOで主治医連泊は上の方針で無しだったので、夜泊まるのは1stというルールがありましたが、いずれにせよ待機の時の一発としては重すぎます。
誰かが『ECMOは主治医の生命を患者に分け与える装置』と言っていたことも納得するくらい、こちらが削られます。
また、誤嚥性肺炎などの高齢者医療は主に若手が主治医というルールがあったので、循環器内科とあわせて受け持ちには潜在的に急変のリスクは高い人が多かったと思います。
当時、他科の医師に「自分の担当患者の急変や亡くなったときには全部病院に来ることが信頼関係」という老が…
高貴な先生がおり、若手は特に当直や待機とは関係無しに呼ばれました。
夜中に患者が亡くなったと連絡を受けると、急いで家を飛び出した後、遠方の家族が揃ってないので30分くらい待って、色々説明した後に葬儀屋が来るまで更に1時間くらい待って、やっとのところでお見送りをしたところで業務終了です。
ほとんどは待っているだけの時間ですが寝られるほどではありません。
上の先生は主治医を持たないけど当直はするため、ただ単に夜中の仕事を押し付けたかっただけでは…?
このような当番でも何でも無い日の呼び出し頻度は月1回あるかないかと少なかったとは言え、待機や当直ではない貴重な休みが予期せず潰れるのでフィジカルもメンタルもダメージが大きいです。
医師としての矜恃と矛盾
これだけの過負荷をこなす背景には、自分の中で責任感があったからです。医師としてのプライドです。
臨床をするだけが医師ではないという強い思いもあったので、研究会や学会にも多く参加しました。
日常業務をこなしつつも、専攻医の時点で独学で臨床研究や統計についても学んで、データを集めて、循環器学会の総会でも発表しました。
しかし沢山働き続けることは良いことだけではありません。
一方では不利益もあります。
循環器内科ではカテーテル検査・治療というリスクを伴う処置があり、患者さんには事前に『○○%で重大な合併症が起こり、△△%で亡くなります』などと説明します。
このようなリスクを受け入れてもらった人に対して、急変対応後の寝不足で望まなければならないことに大きな矛盾を感じていました。
とはいえ人員は限られているので交代など言えず、患者側の都合はもちろん、手術室や入院の手配もあるので軽々と延期も出来ません。
でも良い医療を提供しようと頑張っているはずなのに、個人のレベルではどうにもならない問題で良い医療を提供出来ないという矛盾には、真面目に取り組むほど悩まされました。
失ったもの
慢性的な寝不足なので常時イライラしていました。
1分でも仕事を減らしたいと思う中、他科や研修医からのコンサルトにmisdiagnosisや管理に粗があると、自分がやらなくても良い仕事が増えるので反論しました。
上級医は指導する立場にあるはずなのに丸投げとか何?研修医も給料を貰っているし勉強会も開催しているから不勉強は有り得ないと。
何せ自分は給料外のオーバーワークで限界でしたので、助け合うという気持ちは薄れていきました。
体調も良く壊しましたし、風邪を引くと中々治らないです。
20代にして髪の毛もだいぶ寂しくなりました(※注:今はしっかりとあります)
心から楽しめる休日が得られるかどうかは、直近に不安定な患者を引かない運が必要でしたし、最低限の休日回診も地味な拘束です。
出掛ける予定を立てても未明に呼び出されて寝不足になったり、数日前の連勤からの体調不良で予定キャンセル、不定期でそんな日々があるのでプライベートも上手くいきません。
そもそも待機の日は家と病院の近くにしかいません。
このような待機生活は他の科の若手内科医にも同様にありましたが、病む人辞める人など色々いましたが、私の場合は×がひとつ付きました。
将来の自分へ
患者のために昼も夜も働き続けよ、という医師は間違っています。
次の日の予定手術を緊張して待っている患者、1か月に1回の外来でしか会えない患者にも良い医療を提供するためには、前日にしっかりと休養を取り万全の体調で挑むことが必要だと思います。
沢山患者がいるから…
それは病院として部署としてキャパオーバーであり、それ以上は受け入れられないのです。
その采配は上がすべきことです。
しかし実際に自分が年数を重ねて思ったことは、うまく采配すればキャパは増え、負担は減らせると言うことです。
医師は世間的には頭の良い集団のはずなのに、上級医への“気遣い”やお気持ち案件が多くて無駄な業務が増えている印象です。
患者のためというのであれば、もっと合理的になりませんか?
EBMと連呼して、わずかなリスク低下しかない薬の導入に口うるさくなるのに、大きなリスク上昇になる夜勤明け手術や休養無しで働かせ続けるのは、真にEBMを実践しているとは言えないと思います。
若い頃の気持ちを忘れてしまうと、
『休日や夜間に対応できない日は当番に申し送りをするように』
(上の先生が当番で実質依頼できない)
と上に有利なルールを作って『うちは仕事の分担を上手くやってます!』と勘違いします。
自分は管理職ほど上ではありませんが、下の先生も増えてきた年次なので彼らに負担にならないようにしたいと考えています。
とは言え。
仕事の特性上、時間外や夜中の対応は避けられない部分はあります。
最終的に何ともならなければ、せめてお金だけでも支払うべきです。
例えば急性心筋梗塞の緊急カテーテルの治療は、患者が来院してから90分以内に再灌流できた場合には、24時間以内に治療した場合よりも1万点ほど保険点数は高くなります。
つまり次の日の日勤帯まで治療を先延ばしせずに、夜中にいつでも駆けつけられるようにスタンバイして私生活を犠牲に治療を行うと10万円ほど病院の売り上げが増えます。
しかし現場の医師には端金の残業手当しか出ません。上限に達しているとお金も貰えません。
売り上げに直結する勤務時間外の労働すら、適正に評価されていないのが現状です。
医師が行っているのは労働であり、ボランティアではありません。
負担を強いられるのは仕方が無いなら、せめてお金だけでも…そう願っています。
長々と語りましたが、若い頃の気持ちを忘れないように戒めの意味も込めて書きました。
世の中にはもっと厳しい働き方をしている人達もいますし、文字通り“死ぬほど働く”わけではなかったので私はまだマシだったかもしれません。
少なくとも私が関わった病院は、働き方改革に向けて負担を減らす方向に変わっています。
私が専攻医が終わる頃に当直明けに帰れるようになりましたし(その後の異動先は全日待機で震えましたが、そちらも次第に変わりました)
現在も勤務医を続けていますが、幸運なことに、今は当直以外はほとんど毎日、幼い子供をお風呂に入れられるくらいの生活を送れています。
こんなブログを書くくらいの余裕もあります。
しかし今後はどうなるか分かりません。
今後も勤務医を続けたいと思っていますが、待機や働き方は個人のレベルではどうにもならない部分も大きいので…
というわけで、循環器内科の待機生活でした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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