働きアリがコロニーの生存のために滅私奉公する様は、休日を捧げて回診し、夜中のオンコールに対応し、命を削りながら病院に尽くす勤務医の生き様そのものです。
一方で働きアリの2割は働いていないことは有名な話です(医者も…?)。
全員が働いた方が効率が良い気がしますよね。
しかし結果として、アリは“サボることで”種を存続させ、自然淘汰されませんでした。
アリのシミュレーション研究でも、全員が働くよりもサボっているアリがいた方が、コロニーの存続に有利である結果が出ています。
今日はアリの生存戦略から、医療界の働きアリである勤務医の働き方を考えたいと思います。
働かない働きアリは本当に働いていない
働きアリの研究によってバラツキが有りますが、全体の20-40%、最大で50%のアリは働いていません。
これは、仕事の合間に交代で休憩しているのとは異なります。
群れの中で働いていないアリは決まっており、そのアリ達は一日中ほとんど何も活動をしていないのです。
働かない働きアリが出てくるのは、個体によって仕事へのフットワークの軽さが違うからです(反応閾値と言います)。
次々と仕事をするアリもいれば、仕事を始めるのに腰が重いアリもいます。
反応閾値が高いアリは、普段仕事が少ない時には先に他のアリが用件を済ませてしまうので、働こうとした時には仕事はなくなってしまいます。
そのために、ずっとウロウロしてるだけで働いていないのです。
働かない働きアリの存在理由
働いていないアリにもエサは必要なので、養うだけ無駄なコストに思えますよね?
しかし結果として自然界で淘汰されず生き残ったのは、サボるアリが存在するコロニーです。
その理由には自然界の厳しさや不安定さが挙げられます。
自然界では、昨日まで確保できたエサが急に取れなくなったり、天災や天敵に襲われて巣が破壊される、仲間の多くが死滅するなどの不測の事態が起こります。
この時に力を発揮するのは、普段は働いていない働きアリです。
普段働いているアリが飢餓により動けなかったり、休息が必要な場合に、腰が重くて仕事がなかったアリ達も自然と働き出すというわけです。
本当に働くの?と思うかもしれませんが、活動している働きアリが全て除去されると、反応閾値が高いアリでも働き出すという研究報告もあり、然るべき時には役目を果たします。
アリの活動はコロニーの生存に必要なものばかりです。
エサを確保することも、卵や女王アリの世話も後回しに出来ません。
卵の手入れなんて暖めるだけで大して労力を割かないのでは?と思うかもしれませんが、アリの卵は短い期間の管理を怠っただけで細菌感染でダメになってしまいまうため、欠かせないタスクなのです。
しかし、普段働いていないアリがいきなり働いて満足に能力を発揮できるのでしょうか?
実はアリがエサを集めたり、女王アリや卵の世話をするのは、遺伝子に刻まれた本能です。
そのため普段、働いていなくても、有事にはしっかりと役割を果たせます。
不安定な自然環境に柔軟に対応できる持続可能なコロニーの形成には、“余力”こそが必要不可欠であり、種の存続に必要な安全機構となります。
医師の余力の必要性
私が専門とする循環器内科は、心臓を扱う内科であり、心臓の病気には急変や緊急対応が沢山あります。
例えば、急性心筋梗塞は患者が来院してから90分以内に初期治療を終えることがその後の生存率に影響しますし、心室細動のような致死性不整脈は1分どころか1秒を争う緊急事態です。
入院中の重症者は、いつ急変するか分からないため、心臓専門の集中治療室(CCU)で心電図などの生体モニター監視下に厳重に管理されています。
さて、このような緊急対応が求められる科で、全ての人員が出払ってしまうとどうでしょうか…?
今にも心臓が止まりそうな人がいるのに「手が離せないから、後で対応します」は出来ません。
これは私の所属する循環器内科に限りませんし、そもそも医師に限った話でも無いと思います。
確かに、人的資本はコストが掛かるので、短期的な成果を上げるはギリギリの人員で働くことが理想です。
逆に余剰人員を確保するとコストが増えますが、長期的に見れば、いつかは起きてしまうであろう不測の事態でも揺るがない強固なシステムとなります。
効率と持続可能性はトレードオフの関係ですが、比較的よく緊急事態が発生する心臓の治療においては余力があった方が良いですし、治療を受ける側としては余力があって欲しいですよね…?
求められる能力
働きアリは、一部のアリの仕事への閾値の高さが自然界を生き残る秘訣でした。
全員がフッ軽で出払っていては淘汰されてしまうでしょう。
同様に医療現場においても、継続的に質の高い医療を提供するためには、“普段はあんまり仕事をしていない人”が存在しても否定は出来ないと私は考えています。
しかし働きアリと違う点は、ヒトは本能で医療や仕事を行えないことです。
技術や診療能力を落とさないように現場で働き、勉強を続ける必要があります。
働かない働きアリが生き残っているのは、有事に対応できる能力があるからです。
アリに倣うと、普段は腰が重くても、有事には対応する姿勢が求められます。
もしもずっとサボっているだけで、緊急事態の対応能力が欠落しているならば、それはアリ以下の存在です。
まとめ
働きアリは反応閾値の個体差を作り、一部がサボることで、むしろ自然界を生き残るという興味深いシステムを構築しています。
急な変化が多い医療機関も余力をもつことが理想だと私は思います。
しかし現行の医療システムは実質的に出来高であり、待機しているだけの人員に報酬がないため、システムの構築者は持続可能性よりも短期的なコストパフォーマンスを重視しているように思えます。
病院の存続がアリのコロニーと同じように語れるかは分かりませんが、実際のところ既に余力のない病院(地域)は…
とはいえ単なる働きアリである私には、労働力の分配に介入する“神様”の意図やその後の結果を知り得ないため、自分のコロニーの命運は分かりません。
個人で出来ることとしては、普段はウロチョロしてるだけで何もしていないように見えても、有事にはバシッと決める格好いい医師を目指して研鑽を続けたいです(決して普段は働かないという意味ではありません)。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
※心臓の専門家ですが、アリについては素人なので間違った記載があれば御容赦下さい。
◆参考文献
Hasegawa, E., Ishii, Y., Tada, K. et al. Lazy workers are necessary for long-term sustainability in insect societies. Sci Rep 6, 20846 (2016).
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