【不定愁訴】心臓の検査で異常は無いけど動悸や不安がある時の対応について(私見)

こんにちは、すずねこです。

今日は循環器内科でよく遭遇する『動悸・不安の訴えがあるけど心臓やその他の検査で異常が無い人』つまり、ちょっとメンタル的な要素が強そうだなあ、と考えられる人の対応について考えます。

いわゆる不定愁訴です。

メンタルについては個々のケースで対応は異なりますし、困れば精神科に相談することになるのですが、引き出しの多さは色んな機会に役立ちます。

検査で何も無いことを聞いて安心して終わる人もいますが、動悸を何とかして欲しいという希望がある人に対して検査が陰性だけ伝えるのは少し物足りないかもしれません。

今回は、ガイドラインでは埋め切れないこの不定愁訴について、私の考え方をまとめることで皆様の参考になれば幸いです。

※今日の内容は、心不全や不整脈などの器質的疾患が無い、もしくは治療すべき病気を適切に対処している前提の話です。
まずは循環器内科としての本分を果たします。

デパスは気軽に使うな

どこで誰が教えているのか分かりませんが、『不安=デパス』ものすごく多いです。

デパス®は一般名をエチゾラムといい、ベンゾジアゼピン系の抗精神病薬に分類されます(厳密には少し違いますが、同系列と考えて良いと思います。ややこしくなるので割愛します)。

ベンゾジアゼピン系薬剤は何度も登場する言葉なので、ここではBZ系と略します。

このBZ系薬剤は様々な副作用のために、適応を慎重に判断するようになっているはずです。

眠剤は非BZ系を使うことが推奨されているのは、もはや常識と思います。

例えば、BZ系薬剤の副作用で骨折リスクが上がることを知ってますか?

BZ系には若干の筋弛緩作用があり、ふらついて転倒します。

夜中にトイレに行くときに転んで、午前3時に救急搬送される高齢者は、救急外来の当直をするとしばしば遭遇します。

持ち越し効果といって、寝る前に飲んだ薬が次の日の日中にも効いているので、昼間でも転倒リスクが上がります。

高齢者が転んで大腿骨や椎体骨の骨折が起きてしまうと最悪ですね…それらの骨折は生命予後を悪くしますから。

さらに悪いことに、BZ系薬剤は常用量で身体依存を形成します。

副作用のために止めたいと思っても、急に止めると不安や振戦が出てやめられません。

慎重に漸減する必要、代替薬への変更をしながら調整と、やめることも大変です。

その場しのぎのためにBZ系薬剤を処方することは、後に大きな遺恨を残すのです。

『じゃあ、デパス頓用で!』

なんてやってしまうと、休薬日に離脱症状が出て余計に状況を悪くする可能性があります。

このような扱いにくい薬を、精神科専門ではない一般の内科医が、ホイホイ出して良い薬ではないと思っています。

まずは睡眠や生活の見直し

さて、デパスを使わないとするとどうするのか?

まずは、しっかりと睡眠をとってもらうと良いでしょう。

睡眠時間が短い、質が悪いと様々な精神的な問題が出ます。

不安や動悸といった不調だけでなくうつ病や統合失調症のリスクです。

そんな大それた話しでもなく、もっとシンプルに、睡眠不足は色んな不調が出る、寝れば些細な症状は良くなるというのは、誰でも実感があるのでは無いかと思います。

薬物に対して抵抗がある人もいますが、まずは現状打破が優先であることを説明して処方し、落ち着いたところで話し合っても良いと思います。

勿論、非BZ系薬剤、メラトニン受容体作動薬などを処方しましょう。

あとは勿論、規則正しい生活を勧めます。

一日3~4合の飲酒をして動悸があると言われても、「お酒止めて」としか言えませんよね…

漢方薬を使う

西洋医学の治療は原因を特定して、病因に作用する薬剤を使います。

そのため原因がはっきりしない状況では治療薬の選択肢がほとんどありません。

一方で、漢方薬のような東洋医学は、症状と経験則をベースにした治療のため、原因によらず対症療法を行うことが可能です。

そのため漢方薬は不定愁訴に対する有効な選択の1つだと思っています。

最近では、漢方薬にも西洋医学的な有効性のエビデンスが報告されていて、例えばイレウスに対する大建中湯は有名ですね。

私は漢方薬の専門家ではないので、厳密な使用法とは異なる可能性がありますが、いくつか処方するものはあります。

  • 大建中湯
  • 六君子湯
  • 補中益気湯
  • 抑肝散

この辺りは、特によく処方するものです。

そして、今回とりあげたような

『器質的疾患がないのに動悸や不安が強い』
『睡眠剤だけでは対処が難しそうだ』

というメンタル的な問題がある人には、柴胡加竜骨牡蛎湯を処方することがあります。

柴胡加竜骨牡蛎湯

まず、読み方が分からないですよね?

サイコカリュウコツボレイトウ

と読みます。呪文のようですね…

1つだけ覚えてもらいたいのは、『柴胡』はメンタル的な不調によく効くということです。

ツムラの人も『柴胡はpsychoに最高!』とよく言ってました。

残念ながら滑りますけど、これなら一発で覚えられますね。

漢方的な体質の見方を書いても、私も皆さんも訳が分からなくなると思うので、具体的な使用例を挙げてみたいと思います。

症例

40代女性、婦人科の悪性腫瘍の再発で化学療法中でした。

胸が痛い、苦しいという症状があり、直近で他院で検査をされており心エコー、ホルター心電図、冠動脈CTなど問題なく、精神的な問題として対応されていました。

それでも症状が強くて困った産婦人科の先生が入院させたのですが、なぜか再び循環器内科へ依頼されました。

病気の検索であれば、せめて他の科に相談すべきでは…と思いましたが、困っているのならば私に出来ることを行うのみです。

話を聞いて、検査歴を確認して、やっぱり精神的な面が大きそうだなあと思い、あの薬を処方しました。

循環器内科としての対応は、正常だと分かっていても心エコーなどを再検することなのかもしれませんが、私は再現する意義を感じなかったので12誘導心電図のみ確認して、

「あなたの症状によく効くとっておきの薬があります」

と、柴胡加竜骨牡蛎湯を処方しました。

すると病棟に戻ってから、この患者さんは泣きながら喜んで、漢方薬を飲んでいたそうです。

色んな先生に「検査で異常がないから治しようがない」と言われ続けて、相当気が滅入っていたと思います。

強い症状があるのに、どうしようも無いと言われるのは本当に辛いことです。

そんな時に、何か方法がある、と思わせるのは治療効果以上に大事なことではないでしょうか。

この方は、次の日からほとんど症状は良くなって数日で退院されました。

次の日には良くなるというのは漢方の効能よりも精神的な影響が大きいと思いますが、有効な薬であることには変わりありませんので続けてもらいました。

無事に化学療法も続けられたそうです。めでたしめでたし。

特に印象に残った症例を挙げましたが、残念ながらあまり効果が無かった人もいます。

そのあたりは試してみて、判断です。

ところで、この柴胡加竜骨牡蛎湯を処方する上では、注意点があります。

①明らかにメンタル的な側面が強い人に出すべきです。臨床医を続けていると“そういう人”は言動で何となく分かると思います。

②訴えを傾聴した上で「あなたの症状に効くとっておきの薬があります」と言って出します。

メンタル的な側面が強い場合、プラセボ効果もかなり大きいはずですので、十分に話を聞いて「その症状に聞きますよ」と処方しましょう。

こちらの気持ちとしても、治療や検査を十分に行った上で『とっておき』として出すべきです。

不安=デパスではないですが、適当に処方してもあまり効かないと思います。

印象としては何らかの病気で濃厚な治療を受けて滅入っている人(化学療法中など)が特に効果がありそうです。

漢方の専門家の意見でも「適当に出しても効かないよ」と書かれており、実感とも一致します。

柴胡は間質性肺炎のリスクがあるので、呼吸器症状には注意が必要です。

この辺りが特に重要な点でしょうか。

漢方薬は経験則こそ大事なので、使用感を伝えきることは難しいのですが、選択肢として持っていると、ここぞという時に役立ちます。

精神科や心療内科へ紹介するときのコツ

身体疾患がないのであれば、無理に内科医が診療を続ける必要もありません。

精神科に行ってもらうことも大事です。

しかし、患者さんの中には精神科というものに少なからず抵抗を感じる人達がいるので、紹介するときには工夫が必要です。

あなたは体の病気が無いから精神科に行け!と突き放すのでは話が進みません。例えば、

「あなたの抱えている漠然とした不安、何かにすごく緊張した状態、なかなか寝付けない状態は、私たち内科医ではせいぜい1種類か2種類の薬を試してみることしかできません。こういった不安、緊張、不眠の治療の専門家は精神科や心療内科で、彼らは複数の薬を上手に組み合わせて使います。今のままで我慢できるくらいなら私が出した薬で様子を見ても良いですが、どうしても困っているのならば専門家への受診を勧めます」

といった感じで、患者さんの症状を解決する方法であると示したいですね。

不安・緊張・不眠の3つはキーワードだと思いますので、話を聞く中でその患者さんの問題点を見抜きたいものです。

まとめ

動悸で受診されたら、循環器内科としては、まずは器質的疾患を検索!

それは大前提です。

その上で不定愁訴に対しては睡眠の確保を促します。

また、検査で異常がないのに、症状があって困っている人への選択肢として漢方薬は有効だと思います。

もちろん、無理に内科医が抱え続ける必要もありませんので、精神科や心療内科にも上手に紹介して診てもらうと良いでしょう。

以上となります。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

参考文献

  • Boram Lee et al. Herbal Medicine (Sihogayonggolmoryeo-Tang or Chai-Hu-Jia-Long-Gu-Mu-Li-Tang) for Treating Hypertension:A Systematic Review and Meta-Analysis. Evid Based Complement Alternat Med. 2020.
    柴胡加竜骨牡蛎湯がメンタル的な不調のある高血圧に効くという話です。
    著者も述べてるように質はあまり良いものではありません。
    漢方薬はランダム化や一定の基準で使用するものではないので、西洋医学的なエビデンスには向かないでしょう。
  • Robert G Cumming et al. Benzodiazepines and risk of hip fractures in older people: a review of the evidence. CNS Drugs. 2003.
    ベンゾジアゼピンと高齢者の大腿骨骨折の話。こんな昔から言われています。大腿骨骨折は生命予後を悪くするため、なるべく引き起こさないように気をつけたいですね。
  • 睡眠薬の適正な使⽤と休薬のための診療ガイドライン

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