薬剤溶出ステントは、現在の冠動脈治療において重要なデバイスです。
動脈硬化などで細くなった冠動脈を広げる際に、金属のステントでガッチリ固定するのですが、現在使われているステントには薬剤が塗ってあります。
この『薬剤』は抗血栓薬と勘違いされることが多いです。
しかし実際にはパクリタキセル、エベロリムス、シロリムスなどの抗がん剤が塗ってあります。
なぜ抗がん剤なのか?
これは冠動脈治療の変遷を考えると、分かりやすいと思います。
実臨床に直接役立つ情報ではありませんが、理解を深めるために分かりやすく説明しますので、最後まで読んでいただけますと幸いです。
再狭窄率の話
カテーテル治療は広げたら終わりではありません。
一定の割合で、また血管は細くなります。
これを再狭窄と言います。
カテーテル治療の初期にはステントはなく、バルーン(風船)で広げるのみでした。
このバルーン拡張は、せっかく治療しても半年後には50%の人が再狭窄を起こしていました。
金属ステントの登場で治療成績は上がりましたが、それでも半年後には20%の人が再狭窄を起こしていました。
カテーテル治療の歴史は、この再狭窄との戦いでもありました。
なぜ再狭窄するのか
動脈硬化の原因となる生活習慣病の改善や禁煙が出来ていないと、もちろん再びプラークが付着してきますが、それだけでありません。
プラークが付着した血管を広げると、血管の内膜が裂けなければ広がれません。
実際に冠動脈の治療をすると、バルーンで拡張後に血管が解離することは日常茶飯事です。
血管の内膜が裂けると体は“出血している”と勘違いするので“止血のために”血小板が集まり血栓が出来てしまいます。
さらにステントのような異物は血管内では血栓が付着しやすくなります。
これをステント血栓症と言いますが、治療時には適切な抗血栓薬を内服することで対処します。
(抗血栓療法については、これはこれで深い話となるので今回は割愛します)
再狭窄には別の問題もあります。
裂けた部分の修復のために血管内皮細胞や平滑筋細胞が遊走してきて増殖します。
この細胞増殖の勢いが強いと再狭窄してしまうのです。
金属ステントを留置すると、解離した部分を押さえつけて、広げた状態でキープできます。
しかし異物が血管内にあると血管内皮細胞がそれを覆うように増殖するので、ステントの表面で過剰な増殖をすることがあり、ステントを留置しても再狭窄を起こしてしまうのです。
薬剤溶出ステントの狙い
上記の問題を解決するために登場したのが、薬剤溶出ステントです。
ステントから少量の抗がん剤が染み出ると平滑筋細胞や内皮細胞の増殖を抑えることが出来ます。
抗がん剤は基本的には細胞増殖を抑える薬だからです。
薬はいつかは無くなるので、“丁度良い量”が出ることで、最終的にはステントの表面を内皮細胞が薄く覆って、再狭窄なく良い状態に落ち着きます。
これが薬剤溶出ステントのコンセプトです。
再狭窄を起こさない魔法のステントと言われました。
これで安泰ですね…?
第1世代の薬剤溶出ステントの問題
第1世代の薬剤溶出ステントは、多くの人の期待を背負って世に登場しました。
日本では2004年に発売されています。
金属ステントで問題だった留置して数ヶ月後の再狭窄はなく、魔法のステントと呼ばれました。
しかし、それで話は終わりません。
しばらくしてから様々な問題が発覚したのです。
ステントを入れた血管がただれて、動脈瘤になったり、ステント留置から何年も経った後に急に血栓が出来て閉塞したりしました。
薬剤を染みこませたポリマーが影響していたと考えられています。
ポリマーとはなんぞ?となりますが、ここで薬剤溶出ステントの仕組みを話しましょう。
金属に薬を塗ってもすぐに流れてしまいますが、金属の表面にポリマー(スポンジのようなもの)を付け、そこに薬剤を染みこませることで、じわじわと薬が流れ出ることが可能になります。
実際に薬剤溶出ステントは数ヶ月にわたって薬を放出し続けます。
薬を出し終わると、ただの金属になるわけではなく、金属の表面をポリマーが覆っているので、血管にはポリマーが接触します。
初期の薬剤溶出ステントは、このポリマーと血管の相性が悪く、血管に炎症を起こすことで再狭窄したり動脈瘤になりました。
当初は染みこませた抗がん剤の量も多かったので血管の炎症の原因にもなりましたし、血管内皮細胞がステントを覆うことなく異物が血管内に露出した状態が続くことも問題でした。
血管内に異物が露出していると血栓が出来るからです。
金属ステントは数か月後には血管内皮細胞に覆われて異物は血管内に露出しないので、時間が経った後のステント血栓症のリスクは低かったのですが、第1世代の薬剤溶出ステントはいつまで経っても内皮細胞に覆われないことがあり、長い期間経った後でも血栓症で急に閉塞するリスクとなっていたのです。
こういったトラブルは留置されて数年後に徐々に発覚してきました。
チラホラと症例報告が出てきたところで、2011年には販売中止し販売会社は撤退となりました。
しかし、その後も数年間にわたって留置後の再狭窄や心筋梗塞は発生し続けました。
急性心筋梗塞の患者さんから「○○(第1世代の薬剤溶出ステント)を入れてます」と聞くと、内心「あぁ、これはヤバイ冠動脈が造影されるかも…」とかなり身構えて望んでいました。
ちなみに、ここ数年はさすがに遠隔期のトラブルは出尽くした気がします。
個人的には第1世代の薬剤溶出ステントの固有のトラブルは最近は経験していません。
現在の薬剤溶出ステント
金属ステントと薬剤溶出ステントどちらが良いかという議論がしばらくありましたが、結局は金属とポリマーと抗がん剤の組み合わせが良さそうです。
第1世代と比べて、第2世代以降は金属が薄く、素材も炎症を起こしにくいように改良されています。
異物なんて無くなれば良いよね?という発想で、ステント全体が溶けて無くなる生体吸収ステント(スキャフォールド)が話題になったこともありましたが、残念ながら実用的ではありませんでした。
吸収過程が問題で、血管の内側に倒れ込むように崩れて異物が剥き出しになってしまい、かえって血栓症のトラブルが増えることから、試験中止になっています。
ポリマー無しで上手いこと加工した金属と薬剤を組み合わせたステント、ポリマーが無くなるもの、ポリマーが残るものなど色んなステントがありますが、現在使われているステントは大きな差は無いと思います。
ちなみに現在使われる薬剤溶出ステントの再狭窄率は少し古いデータで5%と言われますが、最近では同様に言えるかは分かりません。
というのも、かつてはステント留置から数か月後にフォローアップ冠動脈造影をルーチンで行っていましたが、近年では症状や問題が無い限りフォローアップ冠動脈造影は有害でやってないけない、という研究結果があります。
フォローアップ検査の話は、これはこれで長くなるので別の機会に話します。
いずれにせよ、全例確認しているわけではないので真の再狭窄率は分かりません。
しかし今の冠動脈治療は『狭いかどうか』ではなく『将来の心筋梗塞を抑制すること』がメインであること、血管の狭さと心筋梗塞の起こしやすさは相関するわけではないため、再狭窄率という議論自体が廃れてきているようにも思います。
まとめ
薬剤溶出ステントに抗がん剤が塗ってある理由について話しました。
血管内皮細胞の増殖を抑えることが目的です。
現在の薬剤溶出ステントは長期の安全性や有効性も多数報告されており、何だかんだで主流として生き残っているのが薬剤溶出ステントです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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