研修ローテ中のつまらない助手を楽しむ工夫

研修医で各科をローテすると、どうしても避けられないのが手術の助手。

例えば循環器内科だと心臓カテーテルの助手として清潔野に入らされます。

透視の画面を見ても何が行われているか分からず、循環器内科医達は意味不明な略語でやり取りをしています。

時々、急に話を振られて「今のところ見えた?あれがプラーク破裂部位だよ」とドヤ顔で言われるのですが、正直見てないし何が何だか分かりません。

無視するわけにもいかないですし、よく分からないと返答すると更に話が長くなってしまうので「あ、あれですね!すごいですね。ほえ~」と適当に返します。

ローテーターはカテーテルだけでなく、手術や処置、外来などに研修という名目で配置(放置)されます。

興味のある分野であっても「早く終わらないかな」と思ってしまいますし、それは仕方の無いことです。

しかし労働を自己研鑽、教育は業務では無いと扱ってコストカットする業界で、手取り足取りの指導など望めるべくもありません。

今日は、そんな憐れな助手を少しでも有意義に出来ないか、と考えてみます。

皆様の苦痛を少しでも減らせるような手助けとなれば幸いです。

退屈である最大の理由は現在の体験に集中していないこと

自分が趣味を楽しんでいる時、好きな人と過ごす時、時間が過ぎるのはあっという間です。

終わった後の満足度もとても高いでしょう。

逆に無意味と思われる作業は、無限の時間に感じられ、終わった後は疲弊しきってしまいます。

更に無駄な作業の繰り返し、例えば地面に穴を掘って、掘った後は埋めるだけの作業を繰り返せばいつかメンタルを病みます(実際にそのような拷問もあると聞きます)。

今この瞬間の体験に没頭することが、満足度を上げる鍵だと思います。

作業に価値を見出す

穴を掘って埋める無益な行為に対して価値を見出すことは、切り抜けるための一つの方法です。

『これは筋トレである』

もっと具体的に

『上腕二頭筋にキテる、良い感じだ。大腿四頭筋にも負荷が掛かっているぞ』

単調作業を繰り返させる拷問でメンタルを病まない一つの方法は、自分で目的を設定することです。

だからと言って心カテ中に筋トレを勧めるわけではありません。

他事をやると没頭することが困難で、結果的に更に満足度は下がるでしょう。

いわゆるマルチタスクは脳の活動部位が頻繁に切り替わっている“タスクスイッチング”であり、脳の負担が大きく全部が上手く行かなくなります。

というか大抵の人は苦痛な助手の時間に他事で気を紛れさせる方法は試していると思います。

そして、それが上手く行かないことも理解しているはずです。

『現在の体験に集中する』工夫をして欲しいのです。

ゲーム感覚

研修医で外科ローテをすると、腹腔鏡のカメラ持ちをすることがあると思います。

見ているところが違うと怒られますし、ボケッとしてカメラが少しずつズレていくと「集中しろ」と正論で叩かれます。

そんなこと言われても分からんし、集中できんし…

なかなか大変な作業ですが、私が意識したことはゲームとして捉えることでした。

モンスターハンター(モンハン)のカメラワークを意識して、「この画角だと大剣でズバッと弱点を狙いやすい」といったイメージでカメラを動かします。

教科書を読んだところで手術の手順を完璧に理解出来るわけでも無く、一見さんのローテーターが手術の流れを意識したカメラワークを行うことは不可能です。

良くある助言として「その科のローテート中は、その科の専門医になったつもりで臨め」と言われますが、正直それは無理な話です。

外科医的な考えでカメラを動かすことは無理です。

しかし何百時間もプレイしたモンハンや、その他のゲーム的な考えでカメラを動かすことは、自分には簡単なことでした。

実際の所、視点を動かすことが可能なゲームでは、最適な視点の確保を追及することが求められます。

ジャンプしたり、武器を振り回す方が大事に思えますが、カメラワークの方が圧倒的に重要です。

仮に剣を振り回すゲームであっても、照準を合わせて射撃を行うイメージです。

素人なりに腹腔鏡の手術も同じと思いました。

とにかく視点が大事であろう、と。

結果的にカメラ持ちはそれ程苦痛でなくなったばかりか、何度かやっているうちに執刀する先生のクセが分かってきました。

先読みして視点を合わせて「良く気付いたね」と言われることもありました。

指導医からすると、まるで手術の手順を理解しているかのように思えたのかもしれませんが、私の心の中は違います。

モンスターと戦っていたのです。

循環器専門医になってからの助手

自分がオペレーターで無い時の手技は物足りなく感じます。

何百件もやった冠動脈造影(CAG)なので、特に考えずとも身体が自動的に動きます。

しかし私は助手であっても、最適化を考えて改善意識を持って臨んでいます。

使ったワイヤーは、アレを上にコレを下に置くと次の操作が行いやすい。

メスや使わないシリンジは、どこに並べるのが最適か。

このタイミングで受け取ったワイヤーはすぐに収納せず、ワイヤーを左手で持ったまま右手で透視の操作をする。

CAGで最適行動を取ったところで縮められる時間は雀の涙です。

が、助手の動きを最適化することは時間の掛かるカテーテル治療、急変時の咄嗟の動きにも貢献します。

マインドフルネスの機会と考える

自分自身の手の動き、ワイヤーの感触、視線の動かし方、心電図の音に意識を向けて、一つ一つの動作に五感を組み合わせます。

単なる助手の作業が(むしろ難しく考えなくて良い作業だからこそ)、マインドフルネスや瞑想のように感じられます。

マインドフルネスとは、現在の瞬間に意識を集中させ、その瞬間を判断せずに受け入れる心の状態や実践のことです。

マインドフルネスの目的は、過去や未来に囚われず、今ここでの体験に気づきを持つことです。

仏教で言う瞑想です。

古典的には目を瞑り、姿勢を正して呼吸に意識を向ける方法が有名です。

しかし家事や日常の行動、今回取り上げた“つまらない助手”にも応用できます。

食器を洗う時に自分の肩の動きに注意を向けたことはありますか?

コーヒーを煎れたカップから立ち上がる湯気を真剣に見つめたことは?

こういった普段意識していない何気ない動作の一つ一つに注意を向けると、すなわちマインドフルに行うことで、雑事にも没頭できるようになります。

楽しいから集中するのでは無く、集中しているから楽しめるのです。

意識的に行動に集中し、今この瞬間の体験を味わうことで集中力が上がりますし、終わった後の満足感も段違いでしょう。

棒立ちしている間に行い続けるのは困難なので、シリンジに水を汲む、筋鈎を引く時などに、マインドフルに行ってみるのは一つの手です。

やってみると分かりますが、集中することも結構難しいです。

集中力を妨げる邪念

集中して作業をしようと思っても、様々な感情が頭の中に浮かんで邪魔をします。

清潔ガウンを着ると、最も集中を妨げる(と思う)存在である『スマホ』から離れられる点は僥倖です。

しかし様々な思考が頭の中を駆け巡ります。

「こんな作業に意味があるかな」

「今日の夕飯は何にしよう」

「帰りに歯ブラシを買っていかなきゃ」

一方で真面目な人ほど、仕事中にそんな思考に捕らわれてはいけない気がして思考を抑えこもうとします。

しかし心に浮かぶ思考を無くすことは無理です。

ただ「無意味だよなあ」「やりたくないなあ」等のネガティブな感情に捕らわれて実際の行動に悪影響が出ることも良くないことです。

そういった思考に対しては、認知行動療法(その中でもACT;Acceptance and Commitment Therapy)が役立つと思います。

認知行動療法は医師国家試験にも出る内容ですが『あるがままを受け入れる』というキーワード以上には知らないのが普通の医者です。

実践的な話をすると、つまらない手術だなあと嫌気がさしたときに、

「私は今『手術をつまらない』という思考を持っている」

といった感じで、心の動きを客観的に、第三者の目線で表現するのです。

『こんなことをしても無意味だ』と悲観的になった時に、ACTで有名なラス・ハリス先生は『またいつものネガティブ野郎が来た』『ミスター“悲観的”が来たぞ!』みたいに心の動きに対して命名したり、ユーモアを交えることも良いだろうと述べています。

あるがまま受け入れることにもテクニックがあるんですね。

そして木葉の上に乗せて川に流すかのように、ネガティブな感情が勝手に消えて無くなることを待ちます。

無理に消そうとしません。

ただ、流れていくことを待ちます。

心から湧き出る思考を抑えたい、コントロールしたい、対峙したいと思うと、失敗します。結局集中出来なくなってしまいます。

まとめ

没頭できる場合、苦痛な助手は満足のいく研鑽になります。

逆に“助手はつまらない”というマインドセットで臨めば、本当につまらない経験になってしまいます。

心理学でいう自己実現予言(self-fulfilling prophecy)です。

必ずしも全ての作業に自分に合った方法が見つかるとは限りませんし、興味の無い手術の助手よりも映画を見たり、ゲームをしたり、飲み会に参加する方が楽しいのは当たり前です。

それでも与えられた仕事は少しでも楽しめた方が良いことでしょう。

ただしゲーム感覚だとか瞑想中ということは人には言わずに心に秘めておいて下さい。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

◆参考文献(というよりオススメ著書)

ラス・ハリス著。自信がなくても行動すれば自信はあとからついてくる

自信がなくても行動すれば自信はあとからついてくる ――マインドフルネスと心理療法ACTで人生が変わる (単行本)
自信のなさと戦うのをやめ、マインドフルネスとACTでネガティブな思考や感情をコントロールしよう。恐れや不安と新たな関係を築けば、次の一歩を踏み出せる。

タイトルからは自信が無い人向けの本に思えますが、実際には集中、ACT、マインドフルネスについて深く書かれており、自信の有無に関係なく役立ちます。

執刀する、研究する、勉強する……大事なことをやる前に集中力を高めたい場合、マインドフルネスは重要なテクニックです。

もっと若い時から知っていたらなあ、とちょっと後悔もあります。

ちなみに自信があり過ぎる(自尊心が高すぎる)人にも読んで貰いたい内容です。

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