安定狭心症の検査について具体例を挙げて解説します

こんにちは、すずねこです。

今日は安定狭心症の診療について話します。

循環器領域ではオンラインで無料で閲覧できるガイドラインが充実しており、教科書を買わなくても良いくらい詳細に書かれています。

ガイドラインシリーズ | 一般社団法人 日本循環器学会

しかし詳細な各論、枝分かれするフローチャートを見ると、「じゃあ実際にどんな感じで診療しているの?」と全体的なイメージはつきにくいと思います。

確かに、自分が研修医や専攻医のころには、沢山羅列される項目をみて理解するのに時間がかかりました。

そこで今回はガイドラインの理解を助けるために、まず具体的な症例を用意して、そこから考察を広げたいと思います。

※安定狭心症というのは、ほぼ労作性狭心症と思って構いません。

※症例は個人が特定されないように架空のもので、検査結果も同一の個人のものでは無い点はご了承下さい。

症例

60代の男性。

主訴は労作時の胸痛です。

既往歴に高血圧と糖尿病があり、近医で内服加療中です。

喫煙習慣はなく、お酒は機会飲酒、心疾患の家族歴もありません。

数ヶ月前から階段の昇降や早歩きで胸が押されるような感じがして動けなくなり、安静にすると5分くらいで治まっていました。

症状は朝も昼も関係なく、再現性があるとのことで紹介受診をされました。

さて、初診時の心電図はこちらです。

安静時の12誘導心電図。特に気になるところはない。

洞調律であり特別な問題はなさそうです。胸部X線も特に所見はありませんでした。

血液検査はどうでしょう。

初診時の血液検査。

少し糖尿病のコントロールは良くないですね。中性脂肪も高いです。

しかしNT-pro BNPは上昇していません。

心エコーでは、どうでしょうか。

心エコー。左室長軸像。

左室の収縮は良好で、LVEF:60%でした。局所壁運動異常はなく、弁膜症もありませんでした。

さて、検査で何も異常がないので、ここでお終い…

ではありませんね。

この方は

①典型的な狭心症症状
②高血圧や糖尿病という冠動脈病変のリスク因子

を持っているので、更に追加の検査を行うことにしました。

薬剤負荷心筋シンチグラフィを行うと、このような所見が得られました。

薬剤負荷心筋シンチグラフィ。心尖部と後壁の一部で負荷時に集積低下があり、安静時には同部位にfill-inを認める

負荷時に心尖部や後壁の基部側の一部に集積の低下を認めましたが、これらの部位は安静時にはしっかり集積しています。

さらに心電図同期でシンチグラフィ時の左室壁運動を確認すると、安静時は正常(LVEF:65%)ですが、負荷時には48%と低下しています。

心電図同期による左室壁運動評価。オレンジのラインが心臓の拡張期の内腔、その内側の白いラインが収縮期の内腔となるが、負荷時は心臓の動きが悪いことが分かる

以上より、冠動脈の多枝病変が疑われましたので、冠動脈造影を行うこととしました。

冠動脈造影では、右冠動脈の末梢(#4AV)と左前下行枝(#6)に高度狭窄を認めました。

冠動脈造影(CAG: coronary angiography)。赤いラインが狭窄部位。

考察

典型的な狭心症の症状があり、冠動脈造影でしっかりと確定診断がつきましたね。

その後の治療については別の機会にお話しするので、今日はこの検査の流れについて補足します。

問診

病歴徴収は非常に重要ですが、これだけで凄く長い内容になってしまうので今回は割愛します。

安定狭心症である、すなわち不安定狭心症でないかどうかは問診がキーですので、症状の出現時期や増悪寛解についてはよく確認する必要があります。

心電図

安静時の検査で異常が無いから大丈夫とは言い切れず(労作時に症状がありますからね)、運動負荷心電図を行うと良いと思われる方もいると思います。

しかし実際には運動負荷心電図の単独では感度も特異度も低く(両者とも7割程度)、診断精度は良くありません。

運動負荷心電図が正常であっても、典型的な狭心症症状がある方の除外診断には向かないですし、結果がどうであれ、他の検査の方針が変わらないことが多いです。

そのため検査前確率が高い場合、すなわち高血圧や糖尿病、喫煙などの危険因子を持っており、典型的な症状がある場合にはまずは非侵襲的な画像検査を行うことが現行ガイドラインでは推奨されています。

心臓超音波検査(心エコー)

同じく安静時の検査では、何も得られないことが多いですが、むしろそれで良いのです。正常であるという確認も大事です。

単なる狭心症だと思いきや予想外に左室壁運動が悪い場合もあります。心収縮が悪い場合には、以下のフローとは別に考える必要があり、すなわち検査や治療戦略が変わるため注意が必要です。

冠動脈CT?心筋シンチグラフィ?

施設や設備の都合で出来ること、出来ないことは様々ですが、安定狭心症の評価、すなわち『冠動脈に動脈硬化があって血流が悪いかどうか』を調べるとなると、現実的には

・負荷イメージング(負荷心筋血流SPECT検査、心筋シンチグラフィ、PETなど)
・冠動脈CT

の二つのうちどちらかを行うことが多いと思います。

実際にガイドラインでもこのようなフローチャートとなっています。

安定狭心症の検査について、冠動脈CTと心筋シンチグラフィ(負荷イメージング)が両方とも行える場合のフローチャート。

それぞれ善し悪しがありますが簡単にまとめると

心筋シンチグラフィ

長所
・核医学検査なので造影剤を使わない
・血流が足りないことの証明(=虚血の評価)が可能
・予後予測も可能。シンチで問題が無い人は、一年以内に心事故を起こすリスクは限りなく低い。

短所
・検査時間は5-6時間くらいかかる
・運動もしくは薬物で負荷が必要。負荷不十分だと過小評価となってしまう

冠動脈CT

長所
・通常のCT撮影のような手順で、冠動脈造影のような画像を描出できる
・陰性的中率が高い(除外診断に有用)

短所
・見た目の狭窄度は分かっても、そこの血流障害があるかどうかは分からない
・造影剤が必要(60-70ml程度)
・心拍数を抑えられないと綺麗な画像が撮影できない
・石灰化や動きによるアーティファクトで評価困難なこともある

心筋シンチグラフィ、冠動脈CTの両者が可能な状況で、どちらの検査を行うかは主治医の裁量も大きいと思います。

負荷をかけられない人や腎機能など別な問題もあると思いますので、その辺りは適宜判断です。

さて、今回の症例では心筋シンチグラフィを選択しましたが、解釈の上でTipsがあります。

心臓に取り込まれる薬=核種の集積を見るので、基本はこのように考えます。

心筋シンチグラフィの一般的解釈

しかし集積の程度は周りの心筋との比較となる点がポイントです。

例えば、多枝病変のように何カ所も血流が悪いと、周りと集積の程度は同じくらいになってしまい差がつかないですよね?

そのため単に核種の集積が良いかどうかを見るだけでは不十分で、

・負荷時の心機能低下
・負荷時の一過性虚血性内腔拡大(TID; Transient Ischemic Dilatation)

などの所見が重要で多枝病変を疑うヒントとなります。

今回の提示した症例でも、負荷時の心機能の低下があり注目すべき所見です。

一方で冠動脈CTの画像についてはこちらを参照ください。

冠動脈CT(ガイドラインより引用)。心臓の分だけ取り出した3D画像を構成可能。

こんなに見えたら冠動脈造影なんていらないですよね…

冠動脈造影は、いつ行う?

さて、心筋シンチグラフィや冠動脈CTで異常が出たら、どうすれば良いでしょうか?

全例で冠動脈造影でしょうか…

先ほどのフローチャートに戻ってみます。

これを見ると

左冠動脈主管部(LMCA)病変か、それに相当する所見
・それ以外の病変では薬物治療で治療抵抗性の場合

このいずれかで冠動脈造影を検討するとあります。

上記2つ以外の場合は、冠動脈造影で狭窄を見つけたとしても、結局のところ『薬物治療が最適』となり、治療方針が変わらないことが多いです。侵襲に見合うだけの情報が得られなかったことになってしまいます。

かつては何でも冠動脈造影という考えがありましたが、非侵襲的な検査方法が進歩したこと、その中に薬物治療で十分なケースがいることが多数の研究で明らかとなってきた結果、現在ではこのように『重症なケース以外では、すぐに冠動脈造影は行わない方針』となっています。

まとめ

安定狭心症の診療の一例について書きました。

治療については、いずれ別にまとめる予定です。

カテ台に上がる症例の裏には、外来で完結している症例が多数あります。

おそらく今後も安定狭心症の侵襲的な検査は、どんどん縮小していく流れでしょう。

一方で、急性冠症候群については心カテこそが“最強の治療”なので、カテーテル自体の重要性が高いことには変わりませんが。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


◆参考文献

日本循環器学会ガイドライン(https://www.j-circ.or.jp/guideline/guideline-series/)

・慢性冠動脈疾患診断ガイドライン(2018年改訂版)

・2022 年 JCS ガイドライン フォーカスアップデート版
安定冠動脈疾患の診断と治療

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